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2010年05月30日

今更言うのもナンだけど

散々言い尽くされてることだろうが……
ぶっちゃけ、「月光条例」のエンゲキブって別にいてもいなくてもいい存在だよな……

つーか、だからこそトショイインが投入されたのだろうが。
バカでひねくれ者の主人公にはバカなヒロインよりも、
知的で常識人だけど、それ故にいかなる状況でも我が道を行く主人公をどこか羨ましく思う、
そんなトショイインの方がよっぽど合うような気がする。

つーか、編集サイドでもそれを十分わかっているのか、
日に日にエンゲキブの影は薄くなる一方だよなー。
ラストバトルの頃には背景の一部になっていてもいいくらいに。

2010年05月02日

今更「我聞同人誌 夏休みの友」について考える

■「はじめてのあく」にやたらハダカが出てくる理由
この漫画のサービスカットはどうにも過剰な気がしてならない。
藤木氏のブログを見ると、どうもその影には天下無敵の少年サンデー編集部様の影があるようだが、
何故にこうまでサービスカットを盛り込もうとさせるのか?
つらつら案ずるに、藤木氏自身による我聞同人誌「夏休みの友」の影響が大きいのではなかろうか?
我聞本編ではとても考えられなかった女性キャラの裸体ラッシュと、
同人誌自体の評判の良さを結び付けて、
氏の作品にはサービスカットが必要不可欠であると判断したのではなかろうか?
だが、もしもそうであるならば、それは大きなミステイクである。
私が思うに、我聞同人誌が面白いのは國生さんの98%全裸によるものなのではなく、
当然桃子や果歩の未発育バディの露出によるものでもなく、
むしろあの漫画の魅力を引き出していたのは帖佐理来ではなかろうか?

「むこうは女湯!! こちらは健全な男衆!! 覗いちゃうに決まってんだろ!!」
「我々は何としても女体を拝む!!」
「……ぱい おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい(略)」
「今の俺はおっぱいの化身!!」

この侠(おとこ)がいたからこそ、我聞同人誌は輝いていたように思える。
で、「はじめてのあく」にこのタイプのキャラが存在するかというと……
赤城である。
我聞同人誌から学ぼうとするのであれば、
「はじめてのあく」ではやはり赤城を積極的に出していくべきではなかろうか?

……というのが個人的な感想なのだが、実際のところ世間的にはどうなんでしょう?
世間的には「國生さんの全裸が見られるのは我聞同人誌だけ!!」って感覚なんでしょうか?
キョーコをハダカにした回はアンケート結果がいいんですかね?
夏コミの時にみんな國生さん、桃子、果歩をリクエストする中、
(私がサークルを訪れた際に置いてあった色紙やスケブには、
 ことごとく上記の3人が描かれていた)
「我聞をお願いします」と要求して藤木氏に「珍しいね」と言われた人間の言うことは
やはりマイノリティに属していると見るべきなのか!?

2010年04月20日

岸辺露伴ルーヴルへ行く 中編

岸辺露伴の年齢は27歳。
前編の過去エピソードは露伴17歳。
そして岸部露伴のデビューは16歳。
……あれ? 何か奇妙なものを感じる……
あと、露伴がこの年齢だとすると、仗助達の年齢は22~23歳ではないのか?
何故に露伴と会話をしている彼らは学ランなのか?
ダブりまくったのか?

というのが、前編までの疑問。

そして、今回。
山村仁左右衛門の絵がルーブルに寄贈されたのは1989年。
係員の言によれば、それは20数年前とのこと。
……おや?
露伴が27歳ということは、時代設定は2006年くらいだと思っていたのだが、
どうも2010年現在辺りを想定して描かれているようだ。
つまり、仗助達は20代後半になっても学ランを着ているということになるのだが……

話は面白いが、設定の細かいところが気になってならねえ。

2010年03月22日

はじめてのあく 4巻

……大丈夫なのか、この連載?
ルナも乙型も目先の人気取りキャラにしか見えないぞ?
というか、従来キャラを捨て置いて新キャラを出す路線はヤバくないか?
人気がイマイチなので人気のあるキャラを必死に出そうとしてるのなら、それは大きなミステイク。
我聞と國生さんを見る限り、藤木先生の味は個のインパクトではなく、
小粒な連中達が集まることで生み出される集団のドラマにこそあるように思えてならない。
あの二人だって、単体で見れば果てしなく地味な主人公とヒロインだったが、
こわしや一同だとか卓球部の面子だとか、我聞ブラザーズが脇を固める事で輝きを放っていた。
美少女大量登場台湾バナナ美味な展開で巻き返しを図れるとは思えんがなあ……

とグダグダ言ってみたが、私の意見は要するに、

「渡キョーコファンクラブの出番をもっと増やせ!!」

これに尽きる。
天下無敵の小学館様が誇るユーシューな担当様の圧力で生まれたボンボンは消えていいけれど、
(大々的に登場した割りに既に忘れ去られた存在になっている彼である)
天下無敵(略)にダメ出しされたファンクラブ会長はガシガシ出していくべきだ。
巨漢とデヴに至ってはすでに背景の一部に成り下がっているが、実にもったいない。
藤木先生の妙なやる気を感じるこいつらこそがこの漫画の生命線といっても過言ではあるまいッ!!
(緑谷は出番が比較的増えたけど、その反面キャラが薄くなった気がする……)

……いや、ホントマジで、美少女キャラばっかし出してもジリ貧だと思いますよわたしゃ?
それでやってけるのならば我聞だって未だに続いてそうな気がしますし。
藤木先生向きの路線じゃないと思うんですがねえ……


その他思うこと。

■「単行本とかで見たまんまの人なんですね」
私もコミケ会場でサインを貰った時に藤木氏のご尊顔を拝見したのだが、
自画像とあまりにもそっくりで正直ビビった。
本当にそっくりなのだ。
なので、自画像を全裸ネクタイにしたところで、
「今日は全裸ネクタイじゃないんですね」
と言われるのがオチだと思う……
……そういえば、サンデーには単行本が出る度に脱いでいた偉大なる先人がいましたね。

■第28話
舞台は名古屋。
藤木マザーが撮ってきてくれたという資料写真のためか、
名駅内(金時計前のエスカレーター)や駅前あたりの風景はかなり正確に描写されていた。
しかし、正直名古屋って観光するようなところがロクにねえんだよな……
それこそが、藤木マザーの資料写真が十分に生かされなかった理由だろう。
そして、漫画などのフィクションでも名古屋や愛知が描かれることはまずない……
閑話休題。
作中の風景からジローとキョーコの辿ったルートを類推するに、
名古屋駅~市役所~栄を徒歩で移動したようだ。
(彼らは名古屋城への入場料500円を出し惜しみする程に困窮していた彼らが、
 名駅からの往復の電車賃がほぼ同額となる地下鉄を利用したとは考えにくい。
 でも、金に困ってる割りには昼飯を無駄に高ぇ矢場とんモドキの店で食っているが……)

2010年02月07日

重箱の隅つつき~うしとらの思ひ出

・ヒョウの浄眼が初登場時だけは左目だった。
 単行本3巻の表紙のイラストでも左目が青く光っている。

・「白面の者が四度目覚める時に」
 「白面の者を四度眠りにつかせるために」という言葉の意味が最後までわからない。
 (何かの慣用表現か? それとも現在のお役目が3代目であることと関係あるのか?)

・重機に文字通り刃が立たなかった鎌鼬の刃が、
 終盤には普通乗用車はおろかバスや銃弾を両断できるほどにパワーアップしていた。
 (風狂い~妖大戦、かがりととらおつかいに)

・「東西の妖<黒炎<うしおととら<強化黒炎<東西の妖」という奇妙な不等号も気になるが、
 東西の妖に遅れをとったキリオと九印が、東西の妖を一方的に苦しめた黒炎の群れを、
 こともなげに殺しまくっていたのも不思議である(季節石化)。

・白面との決戦が6月だと散々伏線を張りまくった割に実際の戦いが行われたのは4月。
 (「季節石化」の段階でもその伏線を張っているので、
  制作サイドでも話の流れを制御できぬまま戦いになだれ込んだようだ)

・シャガクシャの年齢変更(獣の槍を見つけたのは400歳? 800歳?)や、
 「とらと白面の者の三千年にもわたる因縁」という台詞から推察するに、
 『とら 遠景I』の前後で白面誕生の時期が急に変更されたフシがある。

・白面に木っ端微塵に砕かれた獣の槍が復活する際、
 ご丁寧に封印の布まできっちり復活している。
 うしおにちぎられるためだけに蘇った封印の布。

2010年02月04日

腐れ坊主とババア~うしとらの思ひ出

いきなりでなんだが、お役目様に対する凶羅の態度が実にイイ。


凶羅、光覇明宗総本山に乗り込む。
→お役目様の無言のプレッシャーに目をそらす。

凶羅、奥の間でお役目様とサシで向かい合う。
→無言で目をそらしたまま。

凶羅、お役目様に説教をくらう。
→名前を呼ばれて初めて顔を向ける。でもだんだんずれていって、また目を背ける。

お役目様が死亡フラグ発言をする。
→凶羅、顔を上げてババアを狙う奴は殺す発言。初めて真っ直ぐ目を見ての発言。

お役目様、凶羅を泊めていこうとする。
→凶羅、逆らいまくるもなんとなく服従。


たった3ページの何気ないやり取りなんだけど、
態度の節々に凶羅のおばあちゃんっ子ぶりが滲み出ている。
今のやんちゃな自分が後ろめたいのね……

2010年01月11日

工事現場の坂口さん~うしとらの思ひ出

以前、うしとらが好きな会社の同僚と話したことがあった。
その際の私の言葉、
「今人気投票をやるなら、俺は断然工事現場の坂口さんに入れるね!」
相手は「本音は潮やとらの方が好きな癖にそんな事を!」と猛反発だったけれども、
自分としては本気の言葉だったりする。

そもそも潮だとかとらにカッコイイ場面が多いのは彼らが主人公だからであり、
カッコイイ場面でカッコイイ事を言って決めるのはいわば彼らに与えられた宿命だ。
そして彼らにはそれを貫くだけの力が与えられている。

かたや坂口さんは単なる脇役で、普通のおっさんである。
小夜や水乃緒のように異能者というわけでもないし、
詩織やミノルのように妖と縁があるわけでもない。
香上や片山のように潮達と深い縁を持ったわけでもない。
それどころか、タツヤや徳野のように妖のトラブルに巻き込まれてさえいない。
たまたま自分の仕事場で、潮達がガンガンバキバキしていたというだけである。
そもそも出番が2話しかないし、台詞も3つだけだ。
下手すれば、名前を覚えていない読者も多いかもしれない。
(前述の同僚には「工事現場の坂口さん」では通じなかった)
モブに毛の生えた程度の存在に過ぎない。
しかし、逆にそれだからこそ、彼の言動には魅力が溢れている。

彼の立場になって考えてみよう。
早朝に工事現場に出勤してみれば、目の前にうさんくさいバケモノどもが。
さらに現場がメチャクチャになっている。
近くの村で得体の知れない大量殺人事件が起きている事も思い当たったかもしれない。
その状況で、このバケモノ達が人間に無害な存在であると思うほうが無茶である。
実際、彼らを発見した現場の人々は、潮たちに投石攻撃(子供か!?)を仕掛けたり、
潮たちを重機で潰そうとしたり、警察を呼ぼうとしている。
この間に坂口さんがどういう行動をとっているかは不明だが、
少なくとも同僚達を敢えて止めようとはしていないだろう。
ガソリンに引火した時も同僚達と一緒に逃げようとしていた。
しかし、そこで潮が助けを求めた時に、坂口さんの数少ない出番が始まる。

「なんかこまってるみてーじゃねえか」
「オレは人間だからよ! 助け呼んでる者ほっとけねえって」

即座に逆走、潮たちを助けに走る。
同僚達も坂口さんに感化されたか救助活動に協力する。
普通なら考えられない行動である。
「全く得体の知れない連中を」「自分の命を危険にさらしてまで」
「助けを求められたという理由だけで助ける」

ここまでのことができたキャラが他の重要キャラやゲストキャラにどれだけいただろうか?
潮と共に人助けした連中には「己の弱さを乗り越える覚悟」だとか
「自分と関わりのある誰かを助けようとする決意」が背後にあるのがほとんどで、
坂口さんのように理屈も何もない「人情」ただそれだけで動くキャラは稀だった。
潮や麻子、真由子のようなメインキャラを除くと片山や香上くらいのものだ。
(ヤスは事情がなくても助けそうだが)

そう考えると坂口さんは潮にさえ劣らぬ人情と熱い魂の持ち主であるように思えてくるのである。
……考えすぎだろうか?

2009年10月20日

はじめてのあく2巻

せっかくだから感想を書いてみようかしらん。

■第8話~9話
新キャラ、九条のエピソード。
正直、このキャラはいらんかった気がする。
変人だったり女好きだったり、色々と特徴はあるのだが、
イマイチキャラが立っていないというか……
(この単行本の中では)その後めっきり出番がなくなっているあたり、
藤木先生もこのキャラを持て余してしまっているのだろうか?

■第10話
キョーコのトラウマのネタ振り。
それ以上でも以下でもない。

■第11話
キョーコ、國生さん化(デザイン的に)。
そういえば、女子更衣室の神秘な話でも、
モブキャラに國生さんが混ざっていた。
あれはファンサービスなのかはたまた描き分け……げふんげふん。

■第12話
ジロー、はじめてのおつかいの巻。
実にいい話。

■第13話
渡家の日常。
週刊誌で少女の全裸を描ける様になったとは……藤木先生も成長したものよ。
……てか、また担当の圧力かよ。

■第14話
キョーコのトラウマ、本編。
それはそうと、渡キョーコファンクラブと友達コンビの相性の良さが確認できた会であった。

■第15話
トラウマ話、後編。
キョーコの貧乳が遺伝によるものではなかったというのが驚きであった。

■第16話
出番が多い割りにあまり掘り下げられていなかった友達その1の話。
青春だなあ。

■第17話
出番が多い割りに(略)友達その2の話。
友達その2はぺた子のような気がしていたが別にそんなことはなかったぜ!

■総評
ジローは1巻と同じ調子、キョーコは読者からの評価が分かれそうな予感――
――女性ファンからの受けはあまり良くなさそうな気がする――、
友達二人は大分キャラが立ってきた、その反面渡家の面々の影が大分薄い、
渡キョーコファンクラブの面々の出番をもっと増やすべき、九条はいらん。

ジローやキョーコについてはなんというか、迷いながら描いているような感があるが、
赤城を初めとしたファンクラブについては本当に楽しそうに描いているように思える。
藤木氏の個性や実力を最大限に生かすなら、こいつらをもっと立てるべきだと思うが……

2009年07月21日

藤田和日郎魂

無事入手完了。

のっけから、すっかり寂しくなった氏の頭部に衝撃を受ける。
最近、著者近影がイラストばっかりだったので、
作者を見るのは久々だったのだが、まさかここまで進行していたとは……

ロングインタビューの内容には「なるほど」と思わせられるものが多かったが、
その中でも特に共感を覚えたのは「少年漫画の持つ義務」。
それは子供達に希望を与えること。
子供達に未来のすばらしさを伝えること。
……アンハッピーエンドな物語やシニカルな物語の魅力もそれはそれであるのだけれども、
メインターゲットが子供である少年漫画においては、
少年達に「人生とはこうあるべきだ!!」という理想を叩き込まずばなるまい。

「伝文」の中では久米田氏のメッセージが気になった。
シーモネーターだのインモー・ジョーンズだのホーモ・アローンだの、
どうしようもないベタな下ネタを連発していた当時の氏さえ、
ドン引きしたという藤田和日郎の下ネタとは一体……
あと、伝文の中に雷句氏と椎名氏の名前がなかったのは残念。
前者は既に小学館と絶縁状態だからしょうがないとしても、
作中にうしおや麻子を登場させていた前科がある椎名氏のメッセージがないのか……

巻末の月光条例は良くも悪くも悪乗りの一言。
「月打」されたからくりの主役三人がシメていたのは、
顔無し、アルレッキーノ、パンタローネ、コロンビーヌの4人。
……ドットーレ……!!
彼だけハブにされたのは単に物語中盤でフェードアウトしたからなのか、
それとも彼だけは後期ボディが存在しないからなのか……?

とまあ、なんだかんだで大枚はたいて買った甲斐があったと思わせる逸品であった。

2009年04月22日

サンデー漫画の話

サンデー本誌から離れて久しいが、とりあえず単行本だけはチェキしている漫画について。

<月光条例>
良く言えば、挑戦心溢れる漫画。
過去の自己作品のコピーではなく、今までにない藤田和日郎を見られる漫画。
悪く見ると、ちょっと迷走してるように見えなくもない……?

基本的には、藤田氏の「おとぎばなしに対する歪んだ情熱」が発揮されている。
一寸法師やシンデレラのエピソードのように、
おとぎばなしの気に食わない部分を指摘した上で、
おとぎばなしの主人公自身をその問題点と対決させ、乗り越えさせるのが本来のテーマか。

少し気になるのは、ネームが多すぎるところ。
シンデレラエピソードなんかは「何このエロゲキャラクター?」と言いたくなるくらい、
激しく自分に酔った独白を続けていた。
個人的には、あの部分の台詞は3分の1くらいにまとめてくれるとありがたい。

ところで、何故にビアンカにこだわるのか藤田和日郎。
やはりヒロインは幼馴染でなければならないのかー!?


<はじめてのあく>
まだ読んでないんだな、これが。
藤木先生にはコミケの際に恩義が出来たので、
これは応援せねばなるまいと思っているのだが……
単行本発売は5/18。
楽しみだな。

2008年12月25日

漫画感想色々

<NEW COMER>
「お前は殺されて当然の奴らを殺したんだ!」

……あー、これは「慶子を罪の意識から逃れさせるための発言」でいいんですよね?
「自分の気に食わない奴に悪のレッテルを貼り、殺人を正当化する」
ってのを本気で言ってるとするなら、流石に引きますぜ……
脳ミソは吹っ飛んでいなかったものの、
依然死亡フラグが立ったり寝たりしているニコ。
ニコは別に生きていてもあまりプラスにならないキャラだと思うので、
いつおくたばりになられてもおかしくない気がする。

それにしても、
「私あなたの為に人をたくさん殺しちゃったじゃないウエエエーーン」
って台詞がかなりシュールというか……一歩間違うとギャグである。


<SBR>
盛り上がってきたところで次号休載。
……なんか、最近休載が増えつつあるような……


<忍空>
ここ数ヶ月の展開は、週刊漫画だったら長くて1話で終わらせてると思います。
いくらなんでも展開遅すぎ。

2008年06月25日

思うことをちまちまと適当に

ガッシュの一気読み感想。
なんちゅうか、面白いところとそうでないところの落差がかなり激しい気がする。

時折挿入されるギャグエピソードや、
キャンチョメ絡みの話はやたら面白かったりするんだけど、
ファウード編の7割のエピソードとか、
ウマゴンティオ消滅イベントとかは特に面白みを感じなかった。
一般的な評価はどうか知らないけれども、
後者については「定番な展開」をそのままなぞっただけで、
こっちの想定からいい意味で外れた展開がなかった、と思えた。
ウマゴンやティオ、キャンチョメについては仲間になった時点で、
「ラスト付近でガッシュを助けるためになんかこう感動チックに消えていく」
という展開が待っていることは目に見えていたので、その通りのことをやられてもなあ……
その前に消えていったキャンチョメのエピソードが良かっただけに尚更気になってしまう。
修行によって編み出した術の内容からしても、
キャンチョメと他二人であまりにも差がありすぎる辺りからして、
キャンチョメはかなり特別待遇を受けているような気がする。


キャンチョメの新術。

『フォウ・スプポルク』
状態異常。敵の術を強制中断させる。
その絶大な効果の割りには有効条件が緩すぎる(見るor聞く)。

『ミリアラル・ポルク』
敵の術を使って攻撃する(攻撃されたと信じ込ませる)。
術で相殺されたらどうなるんだろうか?
所詮は幻覚だからぶち抜かれるのだろうか?

『シン・ポルク』
相手に強烈な催眠効果を与える幻術。
術の強制中断も可能。特殊能力の中断も可能。


……『ミリアラル・ポルク』は言うほどにスゴイ効果ではないと思うが、
(元々攻撃能力が低いキャンチョメが覚えた有効な攻撃術で、
 かつ低コストで極大攻撃クラスの威力を出せるっぽい?という意味では重要だが)
他の二つが反則的。
状態異常が強力なRPG(Ex.世界樹の迷宮II)では、
状態異常攻撃の有無で戦闘バランスが激変するが、
キャンチョメの術はまさにそれと同じ。
(ちなみに、同じく超強力な状態異常術『オラ・ノロジオ』を持つモモンは、
 途中から消える直前まで全くその術を使わなくなった。どう見てもバランス調整です)
「己の無力さにコンプレックスを持っていたキャンチョメが手に入れた絶大な力」
という設定の為、そして何よりも、
キャンチョメをラストバトルに参加させる気がない故に生まれたトンデモ術か。
その反面、ティオやウマゴンの術がしょぼい……というか適当すぎる気がする。

『リマ・チャージル・セシルドン』
チャージル・セシルドンが二つ出る。それだけ。

『シン・シュドルク』
とにかくスゲーシュドルク。鎧は可変。でもそれだけ。
おまけに使ってると自壊する。

うーん……ひねりがない。特に『シン・シュドルク』。
まあ、『シンの術』とか言って仰々しく出てきた割りには、
『シン』ってのが単なる汎用最上位強化系部首にしか過ぎない存在なのだが。
何でもシンってつけりゃいいもんじゃねえ(特にクライマックス)。

にしても、32巻辺りからドラゴンボール化が進行しまくってたなあ……
魔力探知がどう見ても気を探ってるようにしか見えなかったり、
終盤のクリアのデザインがもう完全にジャンプキャラの系譜だったり。
うーむ……


それはさておき、いつ何時も「仲間が助けてくれる」という展開は熱い。
敵がやると妙に卑怯くさく見えるのだけれども、
主人公側がやると妙にカッコ良く見えるのは何故だろう?
最後の仲間召喚の原理について明確な記載はないけれど、
『この本の持つ本当の力を引き出した』
という言からするに、これはどの本にも秘められていた力ということらしい。
そもそも自力で術を使える筈の魔物達に、
わざわざ『人間の協力がないと術が使えない』という制限を科す時点で、
本を作った者の目的は
『他者との絆の大切さを王になった者に知らしめるため』
という気はしていたが……
それに真に気がついた者だけが、特権として得られる力なのか?
そう考えると、
『実は魔界の連中はみんな魂になってます、
 王の好き好みでいらねー連中適当に消せます』

というわけの分からんトンデモ展開の解釈がつく。
ガッシュのように王たる資格を得た者は何者にも勝る反則的なトンデモ能力を獲得でき、
クリアのようにどんなに強大な力を持っていても
他者を思いやる心を持たぬ者は決して王にはなれないようになっているシステム。
ついでにみんな魂だから、
「実体を持たない幽霊超人だから容易に天界に侵入できるのよーっ!!」
の原理で、現世にも現れることができると。
この件については前々から伏線を張っていたので、
当初からクライマックスはこういう展開にするという構想があったようだ。

にしても、コルルに別人格植えつけたとかいう設定は何なんだろう。
ウマゴンやモモンのように戦闘意欲ゼロの魔物は放置されているし……
あれは本を作った者の意思ではなく、
コルルの周りの連中が勝手にやったことなんだろうか。
ガッシュの行動理念に絡み、何度も引用される重要なエピソードの割りに、
同じような境遇のキャラがその後1人も出てきていないし……
実はローカルルール?

2008年06月19日

ガッシュを全巻買った

というわけで、その場のノリで『金色のガッシュ!!』全33巻を一括購入。
ボーナスの一部がブッ飛んだぜウワハハハ。
サンデーで読んでいたのはゼオンとの決着直後までだったので、
単行本5冊分程度は未読という事になる。
それに所詮本誌で読んでいるだけでは記憶が曖昧であり、
忘れているエピソードやら展開やらが結構あって中々に楽しめた。

思ったことを徒然とつづってみる。

■戦闘について
ぶっちゃけた話、この漫画の戦闘は序盤の方が面白い。
後半になってくるとどうしても『戦略』『策』よりも、
『心の力』とか『思い』とかいったものがウェイトを占めるようになってくるし、
何よりもガッシュの戦いが話が進むに連れてだんだん単調になっていく。
本誌で読んでいた頃から気になっていたが、ガッシュの術は弱すぎるのである。

ザケル……撃つだけ無駄
ラシルド……砕かれるためにある盾
ジケルド……忘れ去られた術
バオウ・ザケルガ……止めに使える唯一の攻撃術
ザケルガ……すぐ弾かれる
ラウザルク……使っても押し負ける

4体の石版魔物相手辺りからあらゆる術が相対的に弱体化。
デモルト戦で各術の基礎威力不足を補うべく『ザグルゼム』が導入されるも、
後は馬鹿の一つ覚えのようにザグルゼムを繰り返すばかり。
この状態はゼオン戦まで続いていた。

初期のように、ザケルが基本攻撃、止め、牽制と、
様々な役割を持っていた方が戦いに戦略性があったような気がする。
敵はザケルを必死で避ける、清麿とガッシュはザケルを必死で当てる。
この構図が熱かった。
個人的には『テオザケル』はもう少し早い時期に習得してもよかったんじゃないかと思ってる。
『手軽に使えて敵にダメージを与えられる呪文』
これがあるのとないのとでは、戦闘の幅がまるで違うと思うのだ。

2006年08月23日

その1・補足

昨日長々と書いた事を端的に言うと、とある漫画が気に入らない理由というものは、
『作者が描こうとしている事が描ききれていない(=クオリティが低い)』
『作者が描こうとしている事そのものが受け入れられない(=肌に合わない)』

のどちらかになるものだと思う。
逆に言うと、好きになれる漫画というものは、
『作者が描こうとしている事がキチッと描き切れており、
 かつそれに対して共感できるもの』

なのではないかと思う。

2006年08月22日

漫画に対する批判的な心情について考える その1

このマンガが嫌いとか気にくわねえとかつまんねえとか、
そう言った事はよく言っていたけれど、
『何が』気に食わないのか、『何で』つまらなく感じるのか。
その原因は二つに大別されるようだ。
一つは、『作品そのもののクオリティが低い場合』
何を以ってクオリティが高いとするかもまた主観的な問題ではあるが、
少なくとも『クオリティが低い』と感じさせる場合。
サンデー漫画の例でいくなら『怪奇千万! 十五郎』が代表的だろう。

そしてもう一つの場合は、『その作品の方向性そのものが自分の肌に合わない場合』
こうなると、クオリティが高いとか低いとか関係なく、単純に好みの問題で弾かれる。
……で、考えてみると、ある漫画が気に食わない原因ってのはこっちの方が圧倒的に多い気がする。
サンデーの現行漫画でいけば『あおい坂』とか。
作者の価値観と俺のそれとが、根本的にかみ合わない。
したがって、物語にどうしても乗り切る事が出来ない。
『ブリザードアクセル』『見上げてごらん』もこの部類だ。

……個人的には、『旋風の橘』なんかはこちらの部類ではないかと思う。
『旋風の橘』は確かに気にくわねえ漫画なのだけれど、
ではこの漫画の質が悪いかというと首を傾げる。
この漫画の作りそのものが『下手』だとは思わないのだ。
剣道をナメてる描写が多すぎるから駄目と言うのならば、
ケンイチなどは格闘技をナメくさっている橘以下のクソ漫画ということになる。
(橘の剣道描写は漫画家のイマジネーションから生まれたものだが、
 ケンイチの格闘技描写は格闘技オタクの妄想から生まれたものだ)
問題なのは、物語を引っ張っていく橘の言動をきわめて不愉快に感じるということ。


なお、『MAR』についてはかなり悩む。
必殺技連発するだけのドンパチ戦闘については、
個人的には好きにはなれないがあれはあれでありだと思うのだ。
クロザクロとか我聞とか、あるいはアルバトロスとかのただ地味な戦闘に比べれば、
『すごくて強い技で勝利』というただ派手なだけの戦闘の方が面白い気がしないでもない。
ただ、中坊並みの人生観に基づく安っぽいお涙頂戴ドラマについては悩む。
作者が初めから『ああいう話』を書こうとしているのならば、
個人的に納得はいかないけれど、それはそれでありだと思うが……
どうも、
『作者が大真面目に命の大切さや戦争の悲壮さを描いた
 感動ストーリーを描こうとしたらああなった』

というニオイがするのが気になる。
もしもそうであるのならば、『MAR』『クオリティが低いから気に食わない』漫画になるのだが……

2006年06月11日

最近買った本・漫画編

<哭きの竜外伝 2巻>
この漫画、外伝だろうが無印だろうがやってることに大差ないところがミソ。

1.竜が哭きながら謎の能書きを垂れる
2.その間にヤクザが殺したり殺したり、あと殺されたりする
3.ヤクザが竜に挑んで、背中が煤けてることを指摘される

これがこの漫画の全てであり、それ以外にはなにもない。
全体的に台詞回しが無印の使い回しっぽい気もするが、
天才的なキレを見せる能條セリフは全開。シビれる。


<大蔵もて王サーガ 3巻>
ハバネロ錬金術師』で爆笑する。
このマンガは基本的に全編パロディギャグで成り立っているわけだが、
そこに『ネタをネタとしてちゃんと使おう』という気概が感じられるところに好感が持てる。
『この場面』に『そのネタ』を持ってくることに意味がある。
『そのネタ』の使い方には意味がある。
当たり前のようだけれども、これが出来てる漫画ってのはそれほどないと思う。
ハヤテが典型なんだけれど、『ネタを放り出す』だけで完結させてるものが結構あるからなあ。
ただ出せばギャグになるってものじゃない。