いろいろ感想
<MAJOR>
もはやサンデーはとうの昔に投げっぱなしているのだけれども、
この漫画がとうとう終了したということをはつかりから聞いて大いに驚いた。
以下、回想。
はつかり「そういえば、MAJORがとうとう終わったよ」
わし「!! マジで!?」
はつかり「結局宇宙リーグまでは行かなかったな」
ミノル小林はわりとどーでもいい漫画だったけど、
このフレーズだけは妙に覚えてるんだよなー。
「茂野吾郎は……まだ戦っている!」
閑話休題。
基本的に俺は「テメーの理想に他人を巻き込む奴」「テメーの考えを他人に押し付ける奴」が、
現実でもフィクションの中身でもヘドが出るくらい大ッ嫌いなのだが、
吾郎についてはそこまでの嫌悪感を抱くことはなかったんだよな。
おそらくは、作者自身がそれを自覚して吾郎をコントロールしていたからだと思う。
所々で他のキャラから吾郎のゴーイングマイウェイっぷりに突込みが入れられていたし。
物語の山を過ぎてからも引き伸ばされてグダグダ続いていたり、
結局目立ちそうで目立たなかった眉村とか突っ込みたいところも多かったが、
なんだかんだで安定したクオリティを保ったいい漫画だったと思う。
グッバイ、茂野吾郎!
<SBR>
なんか、ジョニィのスタンドがLESSON4まで退化していたのが気になった。
重箱のスミつつき。
それはさておき、長々と続いたこの作品もいよいよクライマックス。
ジャイロはツェペリの宿命に殉じて斃れ、
その遺志とワザを継いだジョニィの、最終最後の回転がいよいよ炸裂する!!
……ジョニィも『ジョナサン』の宿命に殉じて斃れるんですかね?
とりあえず、今回の「最後の回転発動」の代償として、
「蚊が媒介する伝染病」を死因ナンバーワンの座から引きずり下ろさなければいいなと思いました。
<月光条例>
浦島太郎&フランダースの犬エピソードについて思うこと。
このエピソードからは、近年の藤田和日郎から失われつつあったものが感じされた。
其即ち「怒り」である。
うしとらを描く原動力は「怒り」であったと氏は語るが、
漫画家藤田和日郎の魅力はまさしく「理不尽なものに対する怒り」であると俺は思う。
で、浦島と犬のエピソードを見てみると、
「みんなの為に」浦島を玉手箱の生贄に捧げようとする乙姫達に月光は怒り、
さらに文句と愚痴と恨み言と連ねるだけの浦島にも怒り、
ネロを虐げたコゼツに対して怒り、自分の境遇を諦めるだけのネロにも怒る。
とにかく敵味方見境なしに月光が怒りまくるエピソードであった。
ただし、それらの怒りからは昔の藤田和日郎とは違うものも同時に感じた。
浦島に対するメッセージ:「男は甘い夢を見続けてちゃいけねえんだ」
ネロに対するメッセージ:「それでもガマンだネロ!」
昔の藤田和日郎からは「観念」がまずあって、
話の中ではその「観念」に結果がついてきているように感じた。
敢えて悪い言い方をするなら「奇麗事を言っていたらなんか解決しました」という感がある。
それに対して、これらのメッセージにはある程度の具体性がある。
そしてそれとともに「世の中甘いもんじゃねえ」というメッセージが見え隠れしている。
純粋な怒りだとか理想だとかでは世の中は動かないという現実を、
歳を重ねて理解した『今の』藤田和日郎のメッセージといったところか。
これは今の氏だからこそ描けた良質のエピソードであったと思う。
ただひとつ苦言を呈するのならば、フランダースの犬の改変オチ。
本来の物語のテーマは、不幸な境遇にあっても清貧を貫く尊さにあったと思う。
(勘違いだったらスミマセン)
ネロは「自分の利益よりも正しいことを貫く」という「自分のモノサシ」に殉じたわけだ。
ところが本作では財布をチョロまかすことでネロは天寿を全うしてしまう。
どうも、上のメッセージと改変後のネロの行動がズレているように思える。
「自分の人生を他人の価値で決めるな」「歯を食いしばって生きろ」
月光はこういったことをネロに強く言っていたのだが、
「命あってのモノダネ」という事は伝えていなかった。
つまりこのオチは、物語本来のテーマと真っ向から向き合わず、
自分が気に食わない展開を捻じ曲げた、ともとれるのである。
(重ね重ねいいますが、本来のテーマを勘違いしてたらスミマセン)