人生観の変化~鳴海の名台詞について
「しろがね…教えてやる。
てめえに勝は守れねえ。
自分の命が惜しくねえヤツにゃ、
他人の命の重さなんぞ、絶対わからねえからよ!!」
からくり2巻より、鳴海屈指の命台詞。
藤田和日郎がその才能を最大限に発揮していたこの時期、
鳴海は口を開けば即名言という最高に素敵なキャラだったが、
この台詞は鳴海の台詞の中で3本指に入るくらい好きな台詞である。
自分の中でこの11年来「ヒーローたるものかくあるべし」という見本になっていた。
(余談だが、ジョジョの人生観は全く反対で、
「正しい意志を貫いて死ぬことは尊いこと」
「自分の命は個の命ではなく、未来の誰かに繋げていくもの」
という事が強調されている。
これはこれで胸を打たれる理論である)
ところがここ1ヶ月ほどで、この台詞に若干の疑問を抱くようになった。
時と場合によっては、他者の為に敢えてその身を投げ出すことは、
決して間違ったことではないのかもしれない。
自分にとっての自分の命、他人にとっての自分の命、
その重さを知ろうともないというのは問題であるが、
「自分にとっての他人の命」というものもまた、
決して軽んずべきものではないのである。
無論、あのシーンのエレオノールは、
『勝を守る』という与えられた『役目』こそが自分の存在意義と信じていて、
その『役目』のためにその命を捨てようとしており、
(……『しろがね』の生命力なら落下しても平気な気がするけど、
少なくともあの時点では『しろがね』の超回復力設定は存在しないので、
エレオノールは勝のために命を捨てようとしていたと解釈するのが妥当だろう。
だって、エレオノールは足斬られて車椅子乗ってたんですもの)
『命』というものを理解した上での行動ではないので、
決して褒められた行動でないことに変わりはないのだが……
ただ、この鳴海の台詞は盲目的に受け入れるべきではないと最近わかった。
そしてまた同時に、この台詞を言った鳴海自身が、
勝のためにその身を投げ打った理由もよく理解できた。
自分の命がなくなってしまう事に対する恐怖は言語を絶するが、
自分と繋がっている誰かが永遠に去ってしまうということもまた、
とてつもなく悲しく、重く、そして恐ろしいことなのだ。
なくなってしまった命は、もう決して我々の手の届かないところへ逝ってしまうのだから。
触れることも語らうことも、共に喜びを共有することも、
何もかも全てできなくなってしまう、遠い存在になってしまうのだから。