サンデーとの決別~がんばれ雷句先生(たてまえ編)
ということで、最近何かと怪しかった雷句氏の動向の意味が明るみに。
……以前からサンデー読んでいてひしひしと感じていた
「もしかしてそうなんじゃないか」
というような編集部に対するイメージがそのまんま語られているように思える。
デビュー直後に速攻で切られた作家の口から出るならともかく、
近年のサンデーにおいて大きく雑誌や出版社に貢献した雷句氏の口から語られるとは……
想像以上に腐っていたんだな、サンデー編集部。
いくつか個人的に興味深かったのは、
骨折と東遊記の話。
骨折の話。
私の記憶が確かならば、雷句氏が骨折を理由に休載した時期はファウード編終盤の、
『仲間が次々と自己犠牲ラインに流されて自己犠牲展開が大量生産される』
目を瞑ってても読めるようなやたら単調な展開が繰り返されていた。
これを見てた時は「雷句氏には高不調の波が激しい」と感じていたのだが……
この展開は、高島雅なる編集者のゴリ押しによるものだったのか。
とすると、これまでサンデーの漫画に対して感じていた、
「何これ?」と言いたくなるような展開は、
作者の創作から生まれたものではなく、
編集の横暴を作家先生が何とか形にしたものである可能性があるのか。
「からくり」の黒賀村編や終盤の異様な加速っぷりも勝至上主義も、
藤田先生が編集に散々振り回されたために生み出されたものかもしれないのか?
東遊記の話。
やたらと他人を見下し「うぜえ」を連呼し説教を垂れるイチゾーは、
大方の想像通りというべきかさもありなんというべきか、
あの冠氏のセンスにより生み出されたキャラクターらしい。
そして打ち切り展開加速後(連載終了5回前くらい)から、
イチゾーのダメな部分がすっかり取り除かれていたのは、
人気が低迷したために冠氏が東遊記と酒井氏を切り捨てたためらしい。
あまりにもしっくり来るのでこれが雷句氏や酒井氏の狂言とはとても思えないが、
これが真実であるとするならばサンデー編集部……少なくとも冠氏は、
「原作者気取りで自分のアイデアを作家にごり押しする」
「その漫画がうまく行かなければ責任を作家に押し付けてトンズラ」
という、とても仕事のパートナーに選びたくないタイプの人間であるわけだが……
一度失敗した新人が二度と帰って来ず、
多少続いた程度の人間も延々と飼い殺しを続け、
集客能力がある作家は作品の賞味期限が切れても延々と続けさせられ、
そしてある時突然不自然な連載終了が訪れるサンデーの方針は、
編集部が「作家をビジネスパートナーとして認めていない」
「連載作品を真摯に扱うつもりがまるでない」という事に起因するようだ。
作家は「面白い漫画を書きたい」、読者は「面白い漫画を読みたい」。
その仲立ちをしたり、あるいは作家と共に雑誌を作り上げていく、
それが編集部のあるべき姿だと思うのだが、
今のサンデー編集部の実態はそれとは程遠いところにあるらしい。
自分がサンデーを買うのに払った金がそういう人間の飯になるのかと思うと、
ちょっとこの雑誌を買う気にはなれない。
月光条例開始に伴い購読を再開したがほとぼりが冷めるまで……あるいは永遠に、
サンデーの購読は控えようと思う。
ここまで作家が怒りを露にしているのに、
「別に売り上げには関係ないからいいや」
と編集部に思われるのは癪であるし。