「人間を…殺したいと思っている者ばかりじゃない
オレ達は人間達と畑を耕す事が嬉しかった
あの時は本当に心が溶けあったと思った
(中略)
しかし神とは戦う!!
オレ達を天界から追い出し荒れ果てた地上を見捨て
天界でのうのうと生活す神々を許すことは出来ない!!
自分達が創り出した人間が絶滅しようと高みの見物を決め込む
それが神なのだ!!
お前達神の側の者はそんな神々の兵隊なのか!?
それとも神が創った人間の守護者なのか!?
答えろ神の側の者よ!!」
物語も最終盤へと向かいつつある今、
初めてゴッドサイダーセカンドのテーマが明確に提示された。
自由を求める魔王を疎んで天界から追い落としたミカエル(神?)への恨みが魔王の行動理念。
確かに人間の血肉を喰らうことだけを喜びとする小悪党的悪魔の側の者もたくさん居たけれど、
ベリアルやムルキベルなど、単純に『悪』と定義づけられない悪魔の側だっていた。
今作では『悪魔』と『悪』を同一視していない。
その反面、今作では神の側の総元締めたる尊越様の非人道的な言動が目立つ。
私もそうだが、本作のファンの多く(多分)はこれをネタ的なものととらえるか、
あるいは尊越様ラスボス化への伏線とだけ捕らえていたが、
どうもそれだけではなかったらしい。
今作では『悪魔=悪』の図式が成り立たないのと同様に、
『神=善』という図式もまた成り立たないのだ。
尊越様の行動理念は、あくまでも『神のために悪魔を滅する』それだけであり、
そのために人間が死のうが神の側の同胞が死のうがまったく躊躇わない。
魔王を筆頭とする悪魔の側もそれと同様であり、
例えば最近の展開を見る限り、神の側を滅ぼすために人間を犠牲にすることを多くの悪魔は厭わない。
実は神も魔も人間にとっては同じような存在でしかないともとれる。
そして今回の名もなき悪魔の側の者の言葉。
それに対する回答や如何に……
と今回は引っ張っていたけれど、すでにこの答えは出ている。
毘廬遮那を守護神に持つ最強の神の側の人間であり、
魔王の血も受け継ぎその後継者と目されていた霊輝は、最初から最後まで人間の味方だった。
「オレを幼い頃から育んでくれたこの世界を…
太陽の煌き…風の囁き…森の息吹き…そして人間の世界を壊させないため…
そこで出会い生活し…人間として愛し合ってきた妻との…
智子との想いを壊さないため…オレと智子はいかなる破壊者とも闘い続けることを誓ったんだ!!」
「人間のため…人間という神が創った出来損ないの為に…
父であるワシと闘うというのか!?」
前作では神と魔、光と闇、善と悪という比較的単純な2項対立がメインに置かれていた前作と今作は明らかに違う。
人魔ハーフであるオッド族のシグルド、神にも魔にも属せぬ邪神ロキといった『半端者』達も登場し、
そして彼らは自分と同じ境遇にある霊輝や霊麒に想いや希望を託して死んでいった。
神にも魔にも属さないという意味では、人間もまた同様である。
つまりゴッドサイダーセカンドとは半端者の代表が半端者達のために闘う物語なのだ。
ちなみに、今回悪魔の側の者から疑問を投げかけられた3人のセレクトが興味深い。
幼い頃から純粋培養の神の側の者として育てられたが
阿修羅王の力に目覚めた後は『人間の味方』として目覚めた厘利盈、
神の側としての使命を捨ててまで母親を助けようとしたロクサーヌ、
そして悪魔の側から神の側に転じた竜子。
もしかしたら、冥府からこの3人だけが帰ってきたことも、
この物語のテーマと何か関係あるのかもしれない。
もしもこの推測が当たっているならば、あの3人が尊越様に戦いを挑む、
という展開があるかもしれないが……