今、からくりを読む1
もの思うところあって、からくりサーカスを読み返してみた。
連載序盤で心を打ち抜かれて信者になり
鳴海が片腕を残して消えた時には心底絶望し
鳴海が再び現れた時には小躍りしたい気分になり
ゾナハ病棟のエピソードはサンデー本誌から切り抜いてマイ単行本として編集し
鳴海の手足が砕けた時には心まで打ち砕かれた気分になり
連載後半に差し掛かってからは勝の待遇に疑問を感じた
というのが、連載当時のおおまかな私の心境であった。
当時何かと文句を垂れた、終盤の勝の扱いに対する不満だが、
今にして思うと私はただ単に
「超カッコイイ鳴海が見られなくて不満だった」
ってだけなのかもしれない。
私がこの漫画を好きだった理由は、鳴海が好きだったからに他ならない。
……いや、ウホッな意味じゃないぞ!!
鳴海の言動全てに胸打たれたのがその理由であり、
私にとっての本作の主人公はまさしく鳴海であった。
ところがどっこい、この物語の主人公は勝なのである。
からくり編開始~終了までかなり影が薄くなっていたが、
やはりこの漫画の主人公は勝なのだ。
少年勝が苦難を乗り越えて成長し、最後には世界を救ってみせる。
最初期から最終回に至るまでこの流れは一貫していた。
鳴海は重要人物であれども所詮はサブキャラなのだ。
勝の成長の証として説教垂れられてエレオノールとちゅーするのが役割だったのだ。
クライマックスで主人公勝をさしおいて活躍するのは許されない星の定めだったのだ。
なら仕方ない。
『私が見たかったもの』と、
『作者が描こうとしていたもの』が一致していなかった、ただそれだけだ。
……でも、私と同じ心情だった人って多いんじゃないかね?
人気投票の結果を見ても、当時圧倒的なプッシュをかけられていた勝に対して、
ダブルスコアで鳴海が圧勝していたことからしても、
本作の人気に対する鳴海の影響はやはりただならぬものがあったのではないか。
と、心を改めて再度終盤のからくりを読んでみると、それでも違和感を覚える。
上に書いたのは『作品の方向性と読み手の剥離に関する話』だが、
今度は『読み手がどれだけ作品を魅力的に描き切れているかという話』である。
当時見ててあきれ返った展開の一つに、
満を持して現れた新たなる強敵『最後の四人』に対して
初対面の勝がハーレクイン以外の3人を悉く圧倒する
というものがあるが、この描写は今見てもいただけない。
連戦連敗の雑魚キャラエレオノールに勝っても何のアピールにもならないのに、
天下無敵の主人公様にはいきなり後れを取る始末。
この場面で『最強の刺客に対していっぱい食わせる勝の凄さ』を描く意味が分からない。
私が見たいシーンじゃないとかいう以前の問題で、『最後の四人』のキャラ立てに失敗している。
うしとらの紅蓮の暴れっぷりを思い出してほしい。
私の鳴海に対する思い(だからウホッな意味じゃないぞ?)を差し引いても、
本編開始以降の勝の活躍っぷりはやはり不自然である。
戦いの面においても精神的な面においても、『弱さ』というものを見せなさすぎる。
それでは感情移入する隙間もないし、逆境から這い上がる際のワクワク感もない。
白面復活直後のうしおの無様な体たらくと、
そこから復活して全てを取り戻していった姿を思い出してほしい。
やはり今考えても、勝の扱いは失敗していたと思わざるを得ない。